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江戸野菜博物館

開館の言葉

あらかじめお断りしておきます。この博物館は、必ずしも「学術的」なものを目指すものではありません。また現実の博物館ではなく、Web上のバーチャルな博物館です。

いま東京と呼ばれている猥雑な町・江戸は、学術的な歴史書や大河ドラマでは、けっして主人公にはなれない有象無象、 つまり江戸末期の戯作者・式亭三馬の『浮世風呂』あたりに描かれた江戸のマルチチュードこそが主人公の町でした。

すでに三馬の時代、この江戸の有象無象どもは、日常食べている野菜の旬どころか、田植えや刈り取りの時期も知らず、 一種の貨幣経済の社会にどっぷりと漬かっていたのです。

三馬は『浮世風呂』のなかで、古左右衛門にこのように言わしています。

「イエサ、何なりとも四季に絶えず、さてまた、孔方(おあし=貨幣)さえ出せばいつさい用を足す所ゆえ、お江戸に生まれた衆は豆がいつできるものやら、 芋は何時に実の入るものやら、旬を知りません。植えつけ(田植えどき)がいつごろで刈りどきがいつだという事もむちゃ助さ・・・」

同時に、この時代、すでに魚や野菜のブランド化もはじまっていました。

江戸前の魚が、江戸前というだけで海に近いくせに、かえって値が張っていることも、このあとで古左右衛門が述べています。また、野菜や果物の促成栽培も、 幕府からたびたび禁止令が出るにもかかわらず、さかんに行われていました。旬も、植えつけ方も知らない江戸の有象無象は、どういうわけか「ショウガは谷中」 だとか「ミョウガは早稲田」だとかの、ごたくだけはしっかり並べるのです。

ここでは、江戸野菜を中心にしながらも、鎖国というなかで、どっこいしっかり生きていた江戸の有象無象の暮らしぶり─堅く言えば生活文化─が伝わればと 考えています。わたしたちは、この博物館が過去を美化するものではなく、同時に現在の社会批判になるものであってほしいと願っております。

江戸野菜博物館館長 土井利彦(ミュゼダグリ)