江戸野菜博物館
江戸野菜ってどんな野菜?
江戸野菜Q&A
- 江戸野菜ってどんな野菜なのでしょうか?
- 今の野菜とどこが違うのでしょうか?
- なぜ、江戸野菜なのでしょう?江戸時代以前にはなかったのでしょうか?
- 江戸野菜っておいしいのでしょうか?
- どこへ行けば食べられるのでしょうか?
- 江戸時代に農薬は使っていたのかしら?
- 肥料は何を使っていたのでしょうか?
- 江戸の土はいい土なのでしょうか?
- どうやって食べていたのですか?
- 野菜の保存はどうしていたのでしょうか?
- おでんに大根は入っていたのですか?
- なぜ、江戸の野菜は、「江戸野菜」っていわなかったのでしょうか?
- 江戸野菜があるなら、東京野菜もあるのですか?
- 江戸野菜ってどうやって育てるのでしょうか?
1. 江戸野菜ってどんな野菜なのでしょうか?
「江戸野菜」という正式な名称は、じつはありません。ここでは、江戸時代に江戸やその近郊の野菜づくりがさかんな地域で改良された野菜の品種全体を「江戸 野菜」ということにしました。たとえば大根の場合、練馬大根や大蔵大根、亀戸大根など、伝統的な江戸以来の品種が、それぞれの地域の農家の努力で、いまも 栽培されています。また、滝野川牛蒡も地元の熱心な方たちの働きかけで群馬県でつくられています。
一般に、「江戸野菜」は、関東ローム層に適した「根菜類」がすばらしいといわれています。もちろん、葉物でも小松菜のように全国ブランド(じつは、もともとは江戸だけの地域ブランドでした)のものもありますが・・・。
2. 今の野菜とどこが違うのでしょうか?
これは、かなり明解に答えてしまいます。いま八百屋さんにならんでいる野菜は、その大部分がF1と呼ばれる1代交雑種です。畑で薹(とう)がたつま で育てて、種をとっても、その種は発芽する力がなかったり、発芽しても様々な形で先祖返りしてしまいます。昔は、農家が自分たちで種をとって翌年は、その 種を育てました。でも、昔の品種は気候変動はじめとする環境条件などの影響によって、毎年の収穫量を予測することが困難でした。F1はその点、ハウスなど で、マニュアル通りに栽培すれば、ほとんど間違いなく一定量以上の収穫が得られます。
また、伝統的な野菜は、自家採種だったことから、他の野菜との交雑を起こし、品種を一定に保つことが困難でした。F1にはそのような問題はありませ ん。さらに、最近の野菜は、市場(取引先=スーパーなど)の要請に応える形で形質が変えられています。多くの人が「小松菜」だと思っているものは、みかけ は小松菜ですが、ターツァイやチンゲンサイなどと掛け合わされたものとなっています。昔の小松菜は収穫後2日もすると、すっかりしおれてしまいましたが、 最近の小松菜?は1週間たっても見かけは新鮮そのものというものもあります。青首大根も、朝鮮半島の大根と掛け合わせて、皮が固くて水っぽいもの(これも 見かけはいつまでも新鮮ですし、育てるときもひび割れしません)になっています。
3. なぜ、江戸野菜なのでしょう?江戸時代以前にはなかったのでしょうか?
徳川氏が江戸に幕府を開いてから、江戸やその周辺でさかんに野菜がつくられるようになりました。江戸になる前は、この地域の中心地である武蔵の国の 国府はいまの東京都府中市でした。江戸になって、各地の大名が江戸屋敷を構え、それぞれの故郷から野菜を持ち込み、ことに下屋敷内の畑で育て、その種が流 出して、江戸であらたな品種が生み出されたりしたのです。練馬大根だって、尾張の宮重大根がルーツです。
ですから、江戸野菜は、京野菜とちがって、江戸時代に生まれたものがほとんどなのです。
4. 江戸野菜っておいしいのでしょうか?
これは、微妙なところです。味覚は時代や地域でかなり異なっているからです。
最近でこそ、日本人もチーズを食べるようになりましたが、それでもフランス人が珍重するとんでもなくにおいの強い山羊のチーズとなると苦手な人もいるはずです。
苦みや「えぐみ」を含んだ複雑な味という意味では、伝統的な野菜に軍配があがりますが、そういう味を苦手とする人にはどうでしょうか。最近では、ず いぶんと単純な味や化学的な調味料の味にならされていますし、全国展開のレストランの均一的な味が幅をきかせています。
「食文化」という意味では、伝統的な味は伝わってほしいと思いますが・・・。
5. どこへ行けば食べられるのでしょうか?
単品的な形では、いくつかの食べ物屋さんがあります。亀戸には、亀戸大根をつかった「あさり鍋」のおいしい店がありますし、練馬大根をつかった「た くわん」もあります。けれども、江戸野菜全般をつかった気楽な食べ物屋はいまのところありません。わたしたちは、近い将来に、小金井市に江戸野菜と江戸生 活文化を味わえるお店をつくる予定です。
6. 江戸時代に農薬は使っていたのかしら?
現在の化学的に合成されたものは使っていませんが、自然のなかにあったものはかなり使っていました(鯨油などもそのひとつです)。自然界の中にある「農薬」はずいぶんと工夫して使っていたようです(これだって毒性はあることを忘れてはなりません)。
7. 肥料は何を使っていたのでしょうか?
汚い、と思う人もいるかもしれませんが、江戸市中から出る人糞尿が、たいせつな肥料でした。年配の方なら知っているかもしれませんが、むかし、くみ 取り式の便所からくみ取られた人糞尿は、肥溜めで発酵させられた上で、畑に施肥されていました。もちろん、落葉落枝を発酵させた堆肥もつかわれましたが、 人糞尿の方が圧倒的に速効性のある肥料でした。江戸近郊の狭い耕作地で、地力を維持するには、大量の肥料を投入しなければならなかったからです。
ただ、このような多施肥型の、しかも外部からの肥料を投入する農作体系は、化学肥料という簡単かつ速効性のある肥料が出現すると、化学肥料を大量に使う体系へと簡単に転換してしまいました。
それは、狭い耕地を、徹底利用しようとする日本の農業の宿命かもしれません。
8. 江戸の土はいい土なのでしょうか?
関西に比べれば、圧倒的にいい土です。厚い関東ローム層におおわれ、火山灰土壌とはいえ、根菜類の栽培には最適です。大根や牛蒡、人参、蕪など、料 理の素材としては地味ですが、味のしっかりしたものができます。ちなみに、土壌層の薄い関西では、葉物が中心で、見た目が美しい関西の料理の素材となって います。
9. どうやって食べていたのですか?
ひと言では、言いつくせません。根菜類が多く、煮物が中心でしたが、たとえば天ぷら─江戸の天ぷらのおいしさは、関西人もほめます─のような江戸時代の「ファスト・フード」の付け合わせも少なくありません。
ちなみに、江戸は、ある意味で男の単身者世帯の町(江戸末期でも人口の6割が男)でしたから、江戸時代から「ファスト・フード」が発達していました。天ぷ らも、にぎり鮨も、鰻丼も、そばも、ファスト・フードなのです。スロー・フードというのは、お公家さんの京都や自立的大商人がいた関西の料理にはあって も、江戸の庶民料理にはない概念だったのです。このことが「江戸野菜」を独特の「晴れの料理」に仕立てあげられず、目立たないものにしてしまった原因でも あったのです。
10.野菜の保存はどうしていたのでしょうか?
なんといっても、漬け物です。たくわん、べったらづけ、鉄砲づけ・・・。
佃煮にすることもありました。
11.おでんに大根は入っていたのですか?
本郷の東大農学部の前に『呑気』という超有名な、100年以上つづいているおでん屋があります。現在の煮込み型おでんに大根をつかったのは、この店からはじまったといわれています。
もともと「おでん」のルーツである田楽には、豆腐とならんで、大根も最初からつかわれていたのですが、煮込みおでん自体は、江戸末期に生まれたものですから、大根を煮込むということも意外に(といってももう100年くらい前)新しい歴史なのです。
12.なぜ、江戸の野菜は、「江戸野菜」っていわなかったのでしょうか?
江戸では、産地ごとに、たとえば「練馬」大根とか、「小松」菜とか、「金町」小蕪とか、野菜の品種名がつけられていました。しかし、これらの野菜 が「江戸料理」と一体となっていたかというと、必ずしもそうではありません。そのため京料理と結びついた「京野菜」とか、浪速料理と「なにわ野菜」、加賀 料理と「加賀野菜」のように、地域の野菜が地域料理の素材として意識されてこなかったのです。食べ方のところでも触れましたが、「江戸料理」は庶民のファ スト・フードが中心であったことも、江戸の野菜の総称を生まなかった原因かもしれません。もちろん、ブランド好きの江戸庶民でしたから、個々の産地名は しっかりとつけていたのですが・・・。
また、滝野川(現在の北区)付近の種屋が、おいしくて優秀な江戸の野菜を個々の産地ブランド名で全国に販売したことも、総称をつけそこなうことに なったのでしょう。参勤交代の大名も産地ブランド名のある野菜を持ち帰って、それぞれの地域で普及させたことも関係しているはずです。
13.江戸野菜があるなら、東京野菜もあるのですか?
あります。明治になって、江戸が東京になったばかりのころ、食文化も「直輸入」され(とは言っても、庶民に根づいたのは、日本的にアレンジされた 「洋食」や、ほとんど日本化されたとんかつ、カツ丼などですが)、それに合う野菜の種が持ち込まれました。
いまの新宿御苑(もともとは高遠藩・内藤氏の下屋敷)の中で、それらの西洋種の野菜が育てられていたのです。
そのような「明治ハイカラ」野菜は、東京野菜といってもおかしくありません。また、東京という名前をつけた野菜もあります。たとえば東京南瓜などと いう名前の「西洋南瓜」です(もっとも、「東京南瓜」は仙台あたりで最初栽培されていたものを、八王子の農家が目ざとく「東京」とくっつけて売り出したと 言われています)。
14.江戸野菜ってどうやって育てるのでしょうか?
ふつうの野菜とそんなに違いはありません。ただ、現在の野菜のように、市場で何日も新鮮な見かけを保つように品種改良(かどうかは疑問ですが)さ れていませんし、病害虫への抵抗性も強くありません。ですから、一般の野菜より手間ひまがかかるのは事実です。大量生産して、市場の流通に乗せるのはむず かしいかもしれません
