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江戸東京野菜とミュゼダグリ

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どうすれば小金井市の農業を元気にできるか

(1)都市農業が成り立つための条件とは

ⅰ.どれだけ「お金」が稼げるかが問題

都市農業が成り立つための最大の条件は、現在の市場経済社会を前提とするならば、「駐車場などにするよりも、農業をやる方が収入になる」ということなのです。

もちろん、同じ広さの農地からの農産物の収穫量では、日本の農地は世界的にかなり高いところにあります。ところが、日本の土地の値段や労働費は非常に高く、それらの費用が安い地域の生産物と菜談の競争をすれば、当然負けてしまいます。また、働いた時間当たりの収穫量も、日本の農業はけっして低くないはずですが、やはり値段を見れば、土地や労働費の安い地域の産品にはかないません。

ですから、都市内で農業をつづけるには、土地単位当たりの収入がどれくらいになるかが、大切な鍵となってきます。

ⅱ.どうすれば「お金」を稼げる農業ができるのか

日本の農業は、おそらくその始まり以来、土地当たりの収穫量を高める努力をしつづけてきました。大量の堆肥を投入することと、連作障害を避ける作付けを行うこと、徹底的に労働力を投入することで、狭い耕地から最大の収穫量を上げる工夫をしてきたのです。このような努力は、限られた広さの土地しか利用できない「鎖国」という条件下では、ほとんど唯一の選択肢でした。

ところが、現在の社会条件の下では、ことに都市や都市近郊では、農地を住宅地や商業用地、あるいはその他の産業用地に切り替えて、農業以外の土地利用にした方が「お金」が稼げるわけで、農家がその選択をするのは当然のことといえます。まして、日ごろの暮らしのための収入を農業以外から得ている農地所有者ならば、農地を資産として寝かせておいて必要なときに宅地転換しようとするのは当たり前です。ことに固定資産税が農地と宅地で極端に差のある現状では、形だけの耕作地にしておくだけというのも無理からぬことです。

そのような都市内の農地を活用するにはどうしたらいいのかが、問題になります。
言うまでもなく、解決法は、農地が農地のまま他の土地利用以上に「お金」を稼ぐことになればいいのです。どうすればいいのでしょうか。

図-1

(2)「農業」という考え方を変えてみよう

ⅰ.サービス産業としての農業

都市地域での土地利用から考えれば、これまでの農業ではどんなに逆立ちしても、経済的には他の土地利用にかないません。単なる空間に毛の生えたような「青空駐車場」であっても、農業利用よりは年間収入は高くなります。

いま、都市内農地が辛うじて「農地」として維持されているのは、いろいろな制度的な優遇措置の結果でしかありません。農地と宅地との固定資産税の違いや、生産緑地における補助などが、農地を保有するための「弱々しい」奨励策になっているからです。これらの奨励策はしかし、農家に相続が発生したら簡単に崩れ去ります。

でも、ほんとうに農業は都市で成立させる方法はないのでしょうか。

漁業では、レジャーとしての遊漁船経営(釣り船)も、立派に漁業に入っています。釣り客は、一般の漁業と比較したら、1尾当たりとんでもなく高い費用を払って釣果を得ているわけですが、それで十分満足しています。

「レクリエーション農園」も、同じような仕組みにすれば、「高付加価値」の都市型農業になるはずです。遊漁船では、釣れた魚をその場で調理し、味わわせたりもします。であるなら、「レクリエーション農園」の場合、収穫物を味わったり、栽培の楽しみ(釣りでわかるように、じつは苦労も楽しみに転換されるのですが)を、自慢できる催しなどを設けることも必要になります。

ここまでの構造が理解できれば、農業を一次産業からサービス産業へ転換できることも分かるはずです。それが「レクリエーション農園」経営です。

ただし、それだけでは都市農業の特色を活かすには不十分です。

 

図-2

ⅱ.季節・味を売る

都市が失ったものに、季節感があります。産業社会にあっては、季節性は生産のリズムを狂わせる要素と言えます。暑い夏も寒い冬も、オフィスの中ではエアコンによって、一定の温度に保たれています。もっとも、江戸時代にあっても、すでに式亭三馬が『浮世床』や『浮世風呂』を書きあらわしたころには、江戸っ子は季節感を失いかけていたということです。

とはいえ、わたしたちは花見や花火、紅葉狩りといった季節性のある催しは商品化されてこそいますが、暮らしの中で息づいています。そこで、体験と味覚の実感から「季節感」を取りもどす仕組みを、サービスの中に組み込みます。たとえば、山菜は相変わらず人気がありますが、それ以上に「おいしくて楽しい」身近な「季節」作物(注1)もたくさんあります。これらの季節作物の場合、食べ方などによって、はじめて新たな価値を生み出すものも少なくありません。

このような季節感あふれる作物を、単に販売するのではなく、おいしく味わえるレストランも開いて、収益性を高めます。このような展開は、東京という多数の消費者をかかえる近郊だからこそ可能といえます。

(注1)ネギ坊主やたんぽぽ、よもぎなども、立派な季節の味覚商品になります

ⅲ.江戸東京野菜を栽培する

しかし、単に「新鮮な」野菜というだけでは、やはり多くの産地と競争しますし、「高付加価値」といってもそこまで期待できません。他の地域がマネしたくてもできないものを考えなければなりません。そこで「江戸東京たてもの園」の博物館機能と農業振興事務所の栽培技術を結びつけて「江戸野菜」を、小金井市で復活するというプロジェクトが考え出されたのです。

もちろん、「江戸野菜」はかつては江戸の近郊の各地で生産されていました。そのころは小金井はちょっと遠出の桜の観光地でしたが、必ずしも江戸に野菜を供給していたわけではありません。しかし、いま、かつての「江戸野菜」の産地は、東京の市街地に埋め尽くされています。千住葱(せんじゅねぎ)も、葛西菜(かさいな)も、早稲田茗荷(わせだみょうが)も、吉祥寺独活(きちじょうじうど)も、北新宿の鳴子瓜(なるこうり)も、いまは市街地となったその地では栽培されてはいません。

「東京江戸たてもの園」も、たとえば千住の「子宝湯」を移築したりして、かつての街並みの雰囲気を再現しようという一種のミュージアムとなっています。しかも十分ではないにしても、実際にたてものを使いながら保存しようとしています。小金井市で「江戸野菜」を復活しようというのは、そのような「江戸東京たてもの園」と同じ発想からです。

小金井の農地を「江戸東京たてもの園」と提携しながら、「江戸東京野菜」の生きた博物館にしてしまおうというのです。

図-3

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